長岡花火をもっと楽しむ! 意外と知らない歴史・トリビア8選

長岡花火をもっと楽しむ! 意外と知らない歴史・トリビア8選

一生に一度はこの目でみたい「長岡まつり大花火大会(長岡花火)」。新潟県長岡市の長生橋(ちょうせいばし)下流、信濃川河川敷で行われる日本屈指の大花火大会で、毎年8月1日に「長岡まつり」、8月2日・3日に「花火大会」が開催されています。2017年の花火大会では、2日間で累計103万人もの観覧者数を数えました。

そんな超人気の花火大会を、もっと楽しむトリビア8選をご紹介!

1. 長岡花火の歴史

長岡花火は、曜日に関係なく毎年きまって8月1日から3日に開催されます。なぜ毎年決まった日に開催されるのでしょう? 理由は、その悲しい歴史にありました。

長岡でのはじめての花火大会の記録は、1879年(明治12年)。千手町八幡様のお祭りで、遊郭関係者が資金を供出しあって350発の花火を打ち上げたのがはじまりだとか。

その後、大正時代の「二尺玉」4発(田崎藤蔵氏)や「正三尺玉」(二代目中川繁治氏)の打ち上げ成功を経て、1927年(昭和2年)「スターマイン」の呼び名で知られる速射連発花火が登場。初の打ち上げからスターマイン誕生まで約100年、花火師たちのアツい技の競い合いが繰り広げられてきたようです。

しかし、戦争がはじまると、花火大会は中止に追い込まれてしまいます(1938年)。そして、終戦の年(1945年)を迎えます。この年の8月1日22時30分、長岡は空襲をうけ、まちの8割が焦土と化し、1486名もの方々が犠牲になってしまいました(「『長岡花火』公式ウェブサイト|長岡花火財団」より)。

この空襲から1年後の1946年8月1日、現在の「長岡まつり」の前身となる「長岡復興祭」が開催されます。大きな被害からたった一年で、お祭りができるまでに復興を果たした先人たちのおもいがしのばれます。

さらにその翌年には花火も復活。1948年以降になると、8月1日を「戦災殉難者の慰霊」の日、8月2日・3日を「花火大会の日」として、毎年きまったこの日に開催されることとなったのでした。「戦災殉難者の慰霊」は、後に「長岡まつり」となり、越後長岡慰霊神輿渡御などが行われる、長岡の復興と恒久平和への祈りが込められたお祭りとなっています。

長岡の花火は、このような痛ましい戦争の犠牲者への「慰霊」、焼野原からの「復興」、そして「平和への祈り」の想いがこめられた花火なのです。


長岡まつりの起源と長岡花火に込められた想い|長岡花火公式YouTubeチャンネル

2. 白一色の花火『白菊®』

8月1日22時30分(空襲が始まった時間)と、8月2日・3日の花火大会の冒頭に、白一色の花火が3発打ち上げられます。これは、「復興に尽力した先人への感謝」と「恒久平和への願い」を込めて打ち上げられる花火。8月1日の打ち上げ同時刻には、市内の寺院があわせて鐘を鳴らし祈りを捧げます。真っ白な大輪の花火は、感謝と平和の願いを象徴するのにこの上ない清らかな美しさで、心に迫るものがあります。

この花火が、いまちょっとした物議をかもしているようです。

この花火、過去には『白菊®』という小粋な名で、長岡花火でも打ち上げられていました。

『白菊®』は、花火師の嘉瀬誠次氏(96歳)が、終戦後に旧ソ連で捕虜としてシベリアで抑留され亡くなった戦友のために、1990年にロシアのハバロフスク市で打ち上げたのが始まりだということなのですが、嘉瀬さんが社長を務める嘉瀬煙火工業が、この『白菊®』という名称を、2016年6月に商標登録したことから、商標がらみでなにやらいざこざしている模様なんです。

長岡花火を主催する一般財団法人 長岡花火財団は、コンプライアンスとして商標権を侵害することはよろしくないという考えで、長岡花火では『白菊®』という名称は、2018年大会から使用しないことにしたのだそう。

この「白一色の花火」は、2014年以前は『慰霊と平和への祈り』という名称でしたが、2015年から2017年の3年間は、「慰霊の花火『白菊』」という名称で打ち上げていました。
しかしながら、『白菊』が第三者に商標登録されていることを受け、今年度より、「慰霊の花火『白菊』」という名称はやめ、前記『慰霊と平和への祈り』という名称に戻すことにいたしました。
(引用:長岡まつりに想いを込めて|「長岡花火」公式ウェブサイト 長岡花火財団

一方、嘉瀬煙火工業は、「(名称を、使う使わないは)財団が決めることではない」などと言っているようで、なんとも世知辛い感じです。

これに対し、嘉瀬煙火工業は「当社から、白菊の名称を使うなとは言っていない」と反発。「財団が決めることではない。白菊を楽しみにしている市民の声に委ねたい」としている。
(引用:慰霊花火「白菊」の名称、使用中止|新潟日報

「白菊®」という名称、白一色の花火の様子をすごくよく表しているし、慰霊というおもいにも仏花の白菊が連想されてぴったり。何よりも、もともと慰霊のために打ち上げられたのがはじまりの花火なのだから、なりたちとしても申し分ない。

商標を登録したのには、亡き友へのおもいと、ご年齢からも長きにわたり長岡の花火を支え進化させてきた花火師の大御所としてのプライドからであって、利権目当てではないのだろうかなあと想像されるわけで、コンプライアンスがーとか、財団がーとか、双方とも肩ひじや意地をはらずに、シンプルに和解して「白菊®」でいったらいいのに。

長岡花火財団は、若め(といっても50代)の幹部が張り切って仕切っているようで、長岡花火はいま伝統と革新の間(はざま)で、次なるステージに向けた生みの苦しみといったところなのかもしれません。

3. ハワイ・ホノルルでも長岡花火

ホノルル フェスティバルでの長岡花火写真提供:ホノルル フェスティバル

長岡花火は、アメリカ・ハワイの地でも楽しむことができます。毎年3月に、ハワイ・ホノルルで開催されるイベント「ホノルル フェスティバル」にて、ホノルル沖に長岡花火が打ち上げられているのです。ホノルル フェスティバルとは、日本とハワイの交流を深めることを目的として1995年3月に第1回を開催、2019年3月には25周年を迎える文化交流イベントです。

そもそも、日本とハワイの交流の歴史を振り返ると、明治元年に最初の日本人が渡航したところから公式な交流がスタートしたようです。

日本とハワイの交流は1868年(明治元年)5月に最初の日本人(元年者)149人の渡航に始まり、1885年(明治18年)の日本ハワイ両政府間の契約による移民(官約移民)以来、100年以上の長い歴史を積み重ね、現在の四世、五世の人々にまで受け継がれています。
そして今や、ハワイの人口の5分の1を日系人が占め、また、年間150万人近くの日本人がハワイを訪れるといった、政治的にも経済的にも不可分の緊密な関係を築いています。
(引用元:ホノルル フェスティバルとは || ホノルル フェスティバル

2017年には、日本からハワイへの観光客は、ハワイ全体の観光客数938万人の16.9%(ハワイ州観光局発表)、約158万人を数えるまでに。

このように歴史的にも今日的にも関わりの深いハワイと日本ですが、ホノルル フェスティバルで長岡花火が打ち上げられることになった背景には、悲惨な歴史がありました。

それは、太平洋戦争の開戦のきっかけとなった1941年のホノルル市への真珠湾攻撃と、その終戦の年である1945年の長岡市への長岡大空襲です。この真珠湾攻撃を指揮したのが、ほかならぬ長岡出身の山本五十六 連合艦隊司令長官でした。山本五十六は、開戦には最後まで反対した人物だったということですが、そのような人物が戦いの火蓋を切って落とす役回りにさせてしまう…戦争というのはほんとうに恐ろしい。

このような縁につながれた長岡市とホノルル市は、戦後ながい年月をかけて交流を重ね手を取り合い、2012年ついに姉妹都市提携を締結。この年から、ホノルル フェスティバルの最終日に、両国の戦争で亡くなられた方々の慰霊、世界平和、青少年の成長、両国・市の発展への願いを込めた長岡花火が打ち上げられることになったのでした。

4. 復興祈願花火「フェニックス」のBGM

夏の夜空に打ちあがる絢爛豪華な花火の数々…ナイアガラ超大型スターマイン、4号・7号・10号・20号25発と、長岡花火はプログラムを眺めているだけでも、わくわくしちゃいます。

なかでも長岡花火の目玉といえば、「復興祈願花火『フェニックス』」(フェニックス)。

フェニックスは、中越地方に甚大な被害をもたらした2004年の中越地震からの復興を願って、翌年2005年8月2日に打ち上げられたのがはじまりです。「フェニックス」という名称は、震災復興を祈願する花火として長岡市の市章で不撓不屈のシンボル「不死鳥」から命名されたものだとか。

このフェニックスの企画のおこりを、当時企画にたずさわっておられた現・長岡花火財団専務理事の樋口勝博氏(2017年7月26日現在)が語っています。

長岡市と一緒に復興事業をすることになり、復興している姿と支援への感謝を全国に伝えるには何がいいだろうと。市民の心がひとつになり、長岡として誇れるものはやはり花火だ、見たこともない花火をみんなで打ち上げよう。一人一人の力は小さくともみんなで心ひとつになれば必ずや大きな力になることを信じ、観る人を感動させ、ギネスにも載るような世界一大きな花火を打ち上げよう! そんな気持ちで活動をスタートさせました(引用元:な!ナガオカ

また、フェニックスは、歌手・平原綾香さんのデビュー曲『Jupiter(ジュピター)』がBGMに採用されていることでも知られています。

『ジュピター』は、震災当時、新潟県内のラジオ局で多くリクエストされ流されていた曲で、被災者の方々を勇気づける応援ソングとして人気があったのだそう。そこで、復興祈願花火のBGMには『ジュピター』しかない! ということで、先述の樋口氏が平原さんの事務所へ出向いて交渉をしたらしいのですが、デビューしたての平原さんに“復興”のイメージがついてしまうのではという先方の懸念払拭のため交渉・調整を要したとか。

とはいえ、無事交渉は成功し今日に至るわけですが、件の樋口氏、フェニックス打ち上げにあたっては「長岡青年会議所のメンバーの尽力や、若手花火師の心意気・技術がなければ打ち上げは叶わなかった」と“若いちから”で実現したようなことを特にアピールされている印象。先の「白菊®」の名称不使用の決定についても樋口氏がかかわっているようですし、この方、古参の方々といがみ合っているのだろうか、なんて余計な邪推をしてしまいます。伝統と革新の花火大会として、長岡花火の今後ますますの発展を願ってやみません。

5. シェアリングエコノミー「駐車場シェア」

長岡花火財団は、ともに2017年春に設立された任意団体 長岡煙火協会と、2020年の東京オリンピック・パラリンピックでの打ち上げ実現を目指していくそう。ぜひ、実現していただきたい! 長岡に、大曲、土浦、そして墨田川…日本各地の花火大会が、東京で共演だなんて夢のようです。

長岡花火財団と長岡煙火協会という新たな運営体制となった長岡花火、今後の活動から目が離せません。

と思った矢先、さっそく面白い取り組みを発見!

長岡花火は、駐車場シェアサービス「軒先パーキング」を運営する軒先株式会社と、高野不動産株式会社と連携し、駐車場予約サービスいわゆる駐車場シェアリングに向けた実証実験を実施するとのこと。

シェアリングエコノミーにいち早く参入するとはさすがですね! 駐車場難民となる花火観覧者はもちろん、地元の地主さんにも、周辺道路の混雑や違法駐車にお困りの会場周辺住民のみなさんにもメリットがあるこの取り組み、ぜひ成功されますように。

<駐車場予約サービスの実証実験>
・期日:8月2日、3日
・駐車台数:各300台(予定)
・予約開始:7月5日 14:00から
軒先駐車場ホームページ(https://parking.nokisaki.com/)より予約。

6. 花火を、スポンサーしたい!

花火観覧会場図を眺めていて、会場ど真ん中に設置されたる「スポンサー席」なるもの。

「これって、花火大会の大スポンサー様である大企業のお偉方とか、来るか来ないかもわからないような取引先の重役とかのための席!?」、「ずるーい! (金にものをいわせて)きたなーい!」 なんて思ったのは、私だけでしょうか? (そうかも。)

この「スポンサー席」、よくよく調べてみると、一般の個人でも座ることが可能な席なんです! まあ、ある程度、“金にものを言わせる”必要はあります。しかし、それは、ン十万とかそんな話ではありません。

なんと、一口3,000円から2万円以上の現金による協賛の返礼品として、スポンサー席がもらえるのです。席数は、協賛金額によって異なるということです。

さらに、2万2,500円を出せば、 花火大会で大型花火の合間に打ち上げられる単発花火のスポンサーにもなれるんです。2万2,500円では7号一発ですが、自分の花火を打ち上げることができるなんて、花火好きにはたまらん。もちろん、スポンサー席も返礼品としてついてきます。

ぜひ、いつかは自分の花火を夜空に打ち上げたいものです。

7. 山下清画伯・名作「長岡の花火」

さてここからは、長岡花火にちなんだ作品を、ふたつご紹介します。

まずは、1950年に発表された、山下清画伯の名作「長岡の花火」。

山下清といえば、「裸の大将」の愛称で親しまれた放浪の画家。芦屋雁之助さん主演(最近では、塚地武雅さん主演シリーズも)のテレビドラマ『裸の大将放浪記』でもおなじみですね。ドラマで描かれるキャラクターも印象的ですが、なによりもその作品の美しさ、あたたかさに惹きつけられます。

名作「長岡の花火」は、山下清の得意とする貼絵で描かれているんです。花火はもちろん、夜空の黒も、観覧の群衆も貼絵です。単色の紙の組み合わせで多彩な色を表現し、遠くに行くほどピンセットでつまむのがやっとというような小さな紙が張り合わされているというから、その超絶技巧に舌を巻きます。

しかもこれ、一年前にみた長岡花火を、作品に落とし込んだものなのだというから、その記憶力たるや!

この作品は、先述の花火師 嘉瀬誠次氏が家宝として所有されているそう(「この空の花 – 「長岡映画」製作委員会」より)。

山下清作品集 単行本 - 2012/8/23 3,240円
画像引用元:Amazon.co.jp

山下清作品集 単行本 – 2012/8/23
山下 清 (著), 山下 浩 (監修), 椹木 野衣 (その他) ¥3,240

8. 大林宣彦監督作品・映画『この空の花-長岡花火物語』

最後にご紹介するのは、映画作家 大林宣彦監督作品の映画『この空の花-長岡花火物語』です。

冒頭で、“随想的な劇映画”と説明される、独特の演出で展開される本作。

『フラガール』でも素晴らしい演技が印象的だった富司純子さんが、この作品でも存在感を放っています。その富司純子さん演じた役のモデルとなった女性のことばを、作品DVDの特典映像に収録されている大林監督と当時の森長岡市長のスペシャルトークで、大林監督が紹介しています。

「(戦争体験者の)私たちが語らないと、また戦争が起きてしまうから」

先人たちが語り継ぎ、そしてかたちに残してくれたこの作品を、次は私たち戦争を知らない世代が、語り継いでいかなくてはならない。

映像も、物語も、大林宣彦節がさく裂した圧倒的な世界感。長岡花火とあわせて、ぜひ味わってほしい作品です。

『転校生 -さよなら あなた-』『その日のまえに』などの大林宣彦監督が、新潟県長岡市を舞台にした人間ドラマ。長岡を訪れた地方紙記者の女性が体験する不思議な出来事を通し、じん大な戦禍や災害を乗り越えてきた長岡市の歴史を浮き上がらせ、東日本大震災の復興への願いと希望をファンタスティックかつハートウオーミングに撮り上げている。キャストには『てぃだかんかん~海とサンゴと小さな奇跡~』の松雪泰子、『はやぶさ/HAYABUSA』の高嶋政宏、『フラガール』の富司純子ら実力派が結集。長岡の風光明媚(めいび)を切り取った、美しい映像の数々にも魅了される。
(引用元:シネマトゥデイ

画像引用元:Amazon.co.jp

この空の花 -長岡花火物語 (BD通常版) [Blu-ray] – 2014/04/08
松雪泰子 (出演), 高嶋政宏 (出演), 大林宣彦 (監督)

トップ画像:momokaphoto

<参考>
「長岡花火」公式ウェブサイト|長岡花火財団
慰霊花火「白菊」の名称、使用中止|新潟日報
戦後70年長岡ホノルル平和交流記念事業|長岡市
長岡花火 2018 || ホノルル フェスティバル
ハワイ州観光局、2017年のマーケットデータを紹介。 – トラベル Watch
130年以上続く「長岡花火」の継承者が見据える、伝統の先の未来|な!ナガオカ
新潟県長岡市 復興と感謝のシンボル【復興祈願花火フェニックス】
記者会見資料|長岡花火
山下清 公式サイト
山下清「長岡の花火」|KIRIN~美の巨人たち~
「長岡映画」製作について|この空の花 – 「長岡映画」製作委員会
この空の花 長岡花火物語 (2011) – シネマトゥデイ




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